弁護士山本了宣の研究日誌

活動の記録と、日々考えたことなどを書きます。技術的な話が多いかもしれません。研修などでは言いたいことをだいぶ削っていますので、そのぶんの話なども。

行末に自動で貼り付けを行なう秀丸マクロ

 テキスト編集を行なっていると、「今編集している行の最後に貼り付けをしたい」とか、「この10行全部の最後に貼り付けをしたい」という場面に出くわします。年表など、半データベース的なものを書いているときに結構あります。
 「今編集している行の最後」に貼り付けができるだけでも、カーソル移動の手間がずいぶん減ります。10行に貼り付けとなるとなったら、手作業とは段違いです。

 私は秀丸を愛用しているのですが、インターネット上で検索したところ、こういう動作をする秀丸マクロが見当たりませんでした。なので自分の作ったものを公開してみることにします。

//1 選択無し→カーソル行の行末へ貼り付け (論理行)
//2 選択あり→選択範囲の全ての行末へ貼り付け


if(selecting==1) //範囲選択があるとき
{
    //貼り付け範囲のlineno(開始行、終了行、行数)を取得
    #starty=seltopy;
    #goaly=selendy;
    escape; 

    moveto 1,#starty;
    #startline=lineno;
    moveto 1,#goaly;
    #goalline = lineno;

    #count=#goalline-#startline;

    movetolineno 1,#startline;

    //貼り付け実行
    #i=0;
    while ( #i <= #count )
    {
        golineend2;
        paste;
        down;
        #i=#i+1;
    }
    up;
}

else //範囲選択がないとき
{
    golineend2
    paste;
}

 あまりきれいなコードでない気がしますが(行番号はダイレクトに取得できないのか?)お許し下さい。

使い方

1 単にマクロを実行 → その行の行末に貼り付けを実行
2 範囲選択をした状態でマクロを実行 → 選択範囲の行末に貼り付けを実行

 もちろんながら、ショートカットを割り当てると便利になります。

 あと、こんな場面でも便利ですね。

ラベルA
テキストボックスA
ラベルB
テキストボックスB
ラベルC
テキストボックスC

↓


ラベルA.Visible = true
テキストボックスA.Visible = true
ラベルB.Visible = true
テキストボックスB.Visible = true
ラベルC.Visible = true
テキストボックスC.Visible = true

※「.Visible = true」を行末貼り付け。

 

証拠開示はなぜ必要かNo.3 「証拠の独裁者」

主張に沿わない証拠をはじくというズルを認めない

 刑事裁判は何のために行われるのかという問いがあります。その答えの一つは、「検察官の訴追を批判・検証するための手続だ」というものです。
 訴追は公訴事実と証拠のセットで成り立っています。公訴事実が主張で、証拠が根拠です。

 主張というものがどう検証されるべきかという観点でこの問題を考えてみましょう。
 今ここで私が、「このサイコロは6しか出ない」という主張を始めるとします。その証拠として私は、6の目を出したサイコロの写真を100枚並べます。「これはサイコロを振ったあとの写真だが、見ての通りこのサイコロは6ばかり出している」という訳です。
 この主張はぱっと見ただけでおそらく間違っていそうですが、どういうズルによってこの主張が成り立っているでしょうか。簡単な手口は、1から5が出た写真は省略するというものです。つまり本当は600回サイコロを振って、1~5を500回出しているのですが、それはすっ飛ばして、6が出た写真だけ100枚提出するというやり方です。

 これをチェックするためのストレートな方法は、「あなたの撮ったサイコロの写真を全部出してください」というものです。それによって、「主張に沿わないデータをはじく」というズルは許されなくなります。

 公訴事実と証拠の関係性にも同じことが言えます。「主張に沿わない証拠をはじく」という「ズル」は可能なのです。それが無いかということが検証されなくてはなりません。
 サイコロの場合は再現性がある世界なので、別の実験で検証することが可能です。しかし事実の世界は一回きり、証拠も固有のものですから、再現による検証ということは成り立ちません。検察官の手持ちの証拠を検証するという作業は不可欠なものとなります。

 証拠開示の根拠の一つはここにあると考えられます。「主張に沿わない証拠をはじく」というズルを禁じることによって、初めて公訴事実という検察官の主張がきちんと検証できることになります。

 以前の記事では、真実の発見という点を中心に証拠開示のことを説明しました。ここで書いた話はそれと似ている部分がありますが、少し違いがあります。今日書いた話は、「検察官の主張の検証が刑事裁判の目的だ」「主張に沿わない証拠をはじくというズルは認めない」という話ですから、広く調査して素材を求め真実を探すというよりは、「検察官の主張の検証のために、まさにその手持ち証拠が検証されるべし」という考え方にストレートにつながります。

松川事件国賠一審判決

 ところで、著名なえん罪事件である松川事件では国賠訴訟も行われています。松川事件では諏訪メモというアリバイ証拠の存在が上告審段階で判明し、最終的に無罪の判決に至りましたが、国賠訴訟では検察官が諏訪メモを法廷に出さなかった行為の違法が争点の一つになりました。その一審判決はこんな風に判示しています(東京地判S44.4.23)。

 もともと、公訴事実(すなわち検察官が真実と考える事実)が、はたして真実であるかどうかということこそが刑事裁判の審理と判断の対象なのである。つまり、検察官の証拠に対する判断の当否そのものがそこで問われているのである。それなのに、検察官が「真実」(すなわち検察官の考える真実、つまり、公訴事実である)の発見に役立つと判断する証拠だけを開示すればよく、そのほかの証拠(つまり検察官が真実でない、または、関係がないと判断した証拠)は開示も提出もする義務がない、この判断はいつさい検察官にまかされていて、だれの批判もゆるさない(開示も提出もされなければだれも批判できない)、と言うのは、まことに矛盾もはなはだしいことであり刑事裁判そのものを否定することにはほかならない。

 検察官の判断を確かめるためにこそ裁判を行うのに、検察官が自分の判断で証拠を出さないということを許せば、裁判をする意味自体が失われてしまうというのです。更に判決はこう言います。

 要するに、「検察官が良心的に考えて真実発見に役立つと判断する証拠だけを開示、提出すればよい、そうでない証拠は開示も提出もする必要はない」という検察官と被告の見解は、その検察官の判断そのものに対する公開の法廷での批判を拒むことであり、結局、「検察官の証拠に対する判断は、つねに正しいのだから信頼せよ、これについては、だれも口を出す必要はないし、また検察官が『真実』の発見に役立たないと判断した証拠は、裁判所も弁護人もこれを見る必要もなければ、その存在さえも知る必要もない」ということに帰着する(現に、次項以下でのべる諏訪メモ、来訪者芳名簿などの重要証拠について、第一、二審裁判所は、その存在さえも知らされていなかつた)。つまり、それは、「知らしむべからず依らしむべし」ということなのであつて、しかも、その「知らしめない」相手には、事実認定の最終責任を負う裁判所までがはいつているのである。それは、言いかえれば、検察官が証拠の独裁者になることであり、公開の法廷でいつさいの証拠についてのつくすべき議論をつくしたうえで裁判所が事実を認定するという、刑事裁判の根本を否定することである。このような被告、検察官の見解がまちがつていることは明白である。

「知らしむべからず依らしむべし」

 論語の言葉です。
「たみは之に由らしむべし之を知らしむべからず」

 日本国語大辞典の語釈ではこうです。

人民というものは、指導して従わせることはできるが、その道理を説いて理解させることはむずかしい。また、人民というものは命令によって従わせればよいので、原理・方針を説明する必要はないの意でも用いる。

 私はこの言葉には、裁判所の怒りがこめられているように感じました。
 刑事裁判とは検察の判断を批判・検証するためにこそあるというのに、その検察自身が批判・検証の素材たる証拠を我が物としてしまっている。検察は、裁判所も弁護人も、検察が選んだ証拠だけを見ればいいのだという。
 その態度は、裁判所も弁護人も「道理を説いても理解しない民」のごときものなのだから、検察と同じ証拠を目にする必要などない、ただ検察の言うことを受け入れていればよいのだというに等しく、それはまさに「たみは知らしむべからず依らしむべし」と同じことである。検察の思い違いは甚だしいものだ。そういうことだと思います。
 

「証拠の独裁者」

 そしてもう一つのキーワードが「証拠の独裁者」です。
 検察が証拠を掌握し、それを出すも出さないも全て独断で決めることができてしまうとすれば、それは刑事裁判を検察が支配することに他ならないということでしょう。
 別の言い方をすれば、法制度も訴訟指揮も、検察が「証拠の独裁者」となることを許してはならないということです。証拠開示を認めない刑事裁判制度や訴訟指揮は、検察を証拠の独裁者として振る舞わせるものであり、自らその任務を放棄するものだということになりはしないでしょうか。私は松川事件の国賠訴訟で示された裁判所の怒りは、今も発揮されていいもののように思っています。

こちらも参考にしてください。



ryosen-y.hateblo.jp

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再審証拠開示ガイドラインの準備が進められています

 なにかのものごとを形にするためには、指針や手順が必要になります。道行きが多様でありえたり、見通しが立ちにくいとき、具体的な道しるべが特に重要になります。全ての人が知識や経験を持っているわけではないので、誰かがきっちり研究して、具体的に指針を示してくれればみんなが助かります。そうして作られる指針に、「ガイドライン」なんて名前が付くことがあります。

www.nishinippon.co.jp

 報道がありましたが、いま、再審での証拠開示を舞台に、そんな「ガイドライン」を作ろうという動きがあるのです。その名も、「再審における証拠開示に関するガイドライン(仮)」です。以下では再審証拠開示ガイドラインと書きます。

再審でなぜ証拠開示が問題になるのか

 
 なぜ再審で「ガイドライン」などということが言われるようになったのか。背景を少しご説明します。

 再審で無罪になった事件というのは、結構な数があります。無実の人が何十年と服役するもので、どれも痛ましい出来事です。その「再審無罪」でよく見られるパターンがあります。それは、「起訴した検察官の保管していた証拠から無実が判明する」というパターンです。
 たとえば布川事件ですと、検察官の保管していた毛髪に関する鑑定書、検察官の保管していた目撃者の供述調書といった証拠が、被告人の方の無実を明らかにしています。東電OL事件ですと、検察官の保管していた生体資料が、やはり無実を明らかにしています。
 検察官は、被告人の方を起訴した張本人ですので、その手持ち証拠が無実を示すというのは大変皮肉な事態です。

 普通に考えると、「それどうにかならないの?」と思うところです。つまり、「さっさとその手持ち証拠を出していれば、何十年も服役しなくて済んだのでしょう?」「出すだけなんでしょう?」というわけです。そう、「出すだけ」なのです。しかし検察官は、「出さない」のです。
 再審の現場では、「出せ」「出さない」のやりとりが、数年とか、十年単位で続きます。「出さない」まま再審請求が棄却されたりもします。無実の人はその間も刑務所の中に居たり、どんどん年老いたり(遂には亡くなったり)しています。その「出せ」「出さない」をさんざんやった後で、ついに「出た」と思ったら、その証拠で無実が明らかになった事例がいくつもあります。

証拠開示がなされない理由

 もう少し背景を掘り下げます。証拠開示がなされない原因はいくつかあります。

法律が無い

 まず指摘しなければならないのは法律の不備でしょう。
 いま刑事訴訟法で証拠開示の条文が存在するのは、実は一審の公判前整理手続についてだけなのです。一審の公判前整理手続以外の場面は、再審も含め、一切規定がありません。規定が無い場合、証拠開示は、検察官の「任意」の対応なんだということになっています。つまり、検察官が「出したい」と思えば出す、「出したくない」と思えば出さなくていいということなのです。

 厳密には、裁判所による証拠開示の命令という手続があります。しかしこれも裁判所が動くことが非常に少なく、期待薄な手続となっています。
 これが法律の不備ということです。検察官次第、裁判官次第の実状があるのです。

 証拠開示全般についてはこちらを参考にしてください。
ryosen-y.hateblo.jp

検察官、裁判官の意識

 次の問題は、検察官、裁判官の意識です。さきほど書いたとおり、法律が無くても、「任意」の開示はできます。裁判所が「命令」することもできます。つまり、検察官や裁判官に、「その気があればできるんだ」ということです。
 しかしここまでの話でおわかりいただける通り、「その気」は発揮されていないのです。再審請求人の方も、弁護士も、法律が無いとしても、「その気」がちゃんと発揮されて欲しいと思っているのです。
 特に問題意識を持たれているのが裁判官の対応です。「裁判官がよい対応をすれば、証拠開示も進み、再審開始につながる。裁判官が何もしなければ、証拠開示は進まず、再審も始まらない」。どの裁判官が対応するかということだけで再審請求人の運命が決まってしまう状況を指して、「再審格差」と言われたりもします。

 更に、「なぜ検察官が証拠開示をしたがらないか」「なぜ裁判所が証拠開示に消極的なのか」という問題がありますが、複雑になるのでここでは省略します。

ガイドラインに期待されること

 ガイドラインは上記のような問題意識から出発したものです。法律が無い、「その気」が発揮されない、しかしそれでもなんとか証拠開示を受けなければ再審請求人の方は救われない。今の状況下でも、なんとか証拠開示を実現するために、「せめてこういうことが実行されなくてはならない」、ガイドラインは、その最低線を具体的に示すことが望まれます。

 再審無罪となった事件では、証拠開示が大きな鍵となってきました。その証拠開示が実現するまでに、弁護人、検察官、裁判所がどのように行動したのかを、具体的な書面などから分析することが可能です。そこから、「最低限このような形で証拠開示がなされるべきだ」という具体的な形を引き出せるはずです。それは、現状の法制化において実現可能であり、かつ、冤罪を発見するために最低限必要なラインを示すことになるはずです。同時に、証拠開示に消極的な裁判官に対しても、「裁判所は現にこれだけのことができるんだ」という実例を提示し、証拠開示に向けた訴訟指揮を促す素材となることが期待されています。

最後は立法が必要

 ところで法律の不備ということを申し上げました。証拠開示は、刑事裁判の基本的なインフラのはずです。ここは本来は法律が存在するべき領域なのです。証拠開示については法律できちんとしたルールが定められること(更には再審制度そのものの見直し)が期待されます。
 
 このたびの刑事訴訟法改正にあたって、以下のような附帯決議がなされていることにもご注目ください。

再審が無辜の救済のための制度であることを踏まえ、証拠開示の運用、掲示訴訟法第四百十五条の事実の取調べの在り方をめぐる今国会の審議の状況の周知に努めること。

 こちらも参考にしてください。

ryosen-y.hateblo.jp
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証拠開示とは

 「証拠開示」というのは、裁判の中で実際どう行われているのか。法律上どういう風に位置づけられているのか。どんな問題点があるのか。予備知識無しでも、具体的なイメージがわくように解説します。
 一般の方に理解でき、法律家が読んでも役に立つレベルを目指して書いています。

1 おおざっぱに

 証拠開示というのは、検察官が、弁護側に、自分の持っている証拠を見せたり、コピーさせたりすることです。弁護側はそれを利用して、防御活動の準備をします。証拠開示は、法律上は限られた期間、限られた範囲でしか認められない上に、弁護側にはどんな証拠があるのかが見えません。十分な証拠開示は実現されておらず、えん罪などの一因になっています。
※正確には、弁護人から検察官に見せることも「開示」です。

2 証拠とは

 証拠開示の対象は「証拠」です。ここで言われる「証拠」とはなんなのか。初めに考えてみましょう。
 たとえば殺人事件の現場に、血のついたナイフが落ちていたとします。これは犯人を突き止める手がかりとなったり、犯行状況を明らかにする重要な資料になります。証拠の代表格は、まず、こういった証拠物と言えるでしょう。証拠物は評価の仕方は複数ありえても、証拠自体は動きませんから、基本的かつ価値が高いものとなります。

 同時に、実務で非常に重要な役目を果たしているのは「捜査書類」です。捜査書類とは、捜査機関が、捜査のために作ったり、入手したりした書類全般をさします。たとえば供述調書、実況見分調書、鑑定書、といったものが有名です。
 しかし捜査書類はほかにもあり、これが実に多種多様です。
 名前を挙げ始めればキリが無いのですが、ここではわかりやすくするために
①記録・報告系
②依頼・照会・回答系
③帳簿・メモ系

という3つの分類で説明してみたいと思います。

※この分類は筆者独自のものであり、一般的な用語ではありません。

①記録・報告系

 捜査書類というのは、基本的には記録文書であると言えます。こんな捜査をしたところ、結果はこうでしたよということを書いておくというのが、捜査書類の基本的な意義です。ここに捜査対象や手続を組み合わせると、捜査書類の種別が決まってきます。

 例をあげます。

 

人から聞いた話を記録する→供述調書
現場の状況を記録する→実況見分調書
入手した証拠物を記録する→領置調書
証拠物の現状を写真で記録する→写真撮影報告書
逮捕の状況を記録する→逮捕手続書

 

 こんな具合です。記録したい捜査対象や手続で、名前が変わると考えてもいいわけです。
 4番目に出てきましたが、その中に「○○報告書」「捜査報告書」などと名付けられるものがあります。「報告書」というのは、決まった名前が無いもの全部、くらいに思ってもらってもよく、ほんとに多種多様です。メモして残しておきたいことであれば、なんでも捜査報告書になります。人の話の記録であっても、供述調書を作らず、聞き取り結果報告書ですませていることも珍しくありません。

 ほかに、もう少し「まとめ」や「意見」的な報告書もあったりします。「複数の証拠をつきあわせると、○○だったと推測される」みたいにプチまとめを書いたようなものです。こういうのも捜査報告書です。
 こういう具合に、なにかの捜査について記録をしておく、場合によってはちょっとした分析や意見を記載して報告するというのが、捜査書類の基本的な役目ということになります。

②依頼・照会・回答系

 2つ目の依頼・照会・回答系というのは、第三者が関わるタイプのものです。たとえば鑑定というのも、専門技能のある方にお願いしてやってもらうわけです。その場合には、「鑑定嘱託書」が発信されます。これは鑑定の依頼文というわけです。これに対して、「鑑定書」というお返事がやってきます(鑑定人は科捜研や医師、つまり、直接の捜査担当者でないのが普通です)。
 他に、たとえば電話会社や役所などに問い合わせをして、情報収集を行うことがよくあります。このときには、「捜査関係事項照会書」が発信されます。そして、照会先からは、「回答書」がかえってきます。
 こんな具合に、外部に依頼して返答をもらう、この一連のプロセスで行き来する書類も、すべて捜査書類となります。

③帳簿・メモ系

 3つ目は、正式の捜査書類形式を取らない文書たちです。たとえば有名なのは「取調べメモ」です。これは捜査官が被疑者や参考人の取調べをした際に、話を聞きながら手元のノートや紙に内容を書き留めたものです。弁護士が依頼者の話を聞きながらレポート用紙にメモをとるのと理屈は同じです。このメモがもとになって、のちのち供述調書などの書類につながっていきます。そういう意味では取調べメモは正式でない文書です。しかしこれも証拠開示の対象と考えられています。
 帳簿というのは、たとえば「捜査日誌」などといったものです。捜査日誌は係ごとに備え付けられた業務日誌という位置付けで、係長などが、その日にどの捜査員が何をしたかを記録しています。事件のために作られた証拠というより、職員管理的な色彩のある文書です。しかしこれも証拠開示の対象となりえます。
 帳簿・メモ系は、普通は検察官に送致されませんので、典型的な「証拠」ではありません。しかし訴訟の進行や争点次第で「証拠」としての地位を獲得します。その意味では周辺的、相対的なものです。

④まとめ

 捜査書類というのはこんな具合です。
 非常に簡単な目安を言えば、捜査機関は何かをするたびに、逐一書類を作って記録しているのです。たくさんの警察官が、たくさんの捜査をすれば、たくさんの書類が作られます。こうして大事件であれば、何千点という書類が作られることになります。また、自分が作ったもの以外に、外部から受け取ったものも捜査書類として扱われます(短く言うと「作成・取得」です)。メモ・帳簿のようなものも、証拠として扱われる場合があります。

 これらは全て捜査過程の記録であり、事実の痕跡を示すものですから、裁判に無関係ということはありえません。重要度の差は当然あるのですが、ひとまずその全部が、弁護側には検討すべき対象として意識されることになります。

3 証拠「開示」とは何をすることか

 ところで、「開示」と一言で言いますが、それは、いつ、どこで、誰が、何をすることを言うのでしょう。
 法律上は、開示とは証拠の「閲覧・謄写の機会を与える」という風に整理されています。

 

閲覧:弁護人が検察庁に出かけていって、原本を見ること
謄写:証拠をコピーしたり写真に撮ったりすること

 

 閲覧は文字通りですね。
 謄写については、検察庁内に謄写を行う業者さんがおられることが多いです(地方によります)。そこに依頼すると、開示された証拠のコピーをとって、弁護士の事務所まで届けてくれます(結構お金がかかります)。
 この違いがどういう意味を持つか。
 まず、当然ながら原本を見たければ「閲覧」するしかないということです。「重要な証拠物や写真を細かく観察したい」と思ったら、弁護人は検察庁に出かけていきます。
 「謄写」については、そのコピーを手元においていつでも読めたり、裁判の最中に証人に簡単に示したりできるということを意味します。しかしごく一部の証拠ではありますが、「閲覧のみ」という指定となることがあります。その場合、その証拠のコピーは入手できません。

 検察官のやることは、開示する、と決めた証拠を選り分けておいて、弁護人に通知することです。捜査書類であれば、検察官の持っている捜査書類のファイルを物理的に解体して、「弁護人に開示する捜査書類」という新たなファイルに移し替える作業がなされるようです。

4 証拠開示がなぜ必要なのか

 証拠開示が重要な意味を持つのは、やはり無罪が争われる事件です。
 有名なところでは、たとえば布川事件があります。布川事件では現場に落ちていた毛髪の鑑定が行われており、そこに被告人の方の毛髪は無い一方、第三者の毛髪があるということが捜査過程で判明していました。これは無実の有力な根拠になります。検察側はその鑑定書を保管している訳ですが、弁護側は証拠開示が無ければ、その鑑定書を見ることさえできず、裁判にも提出することができません。布川事件では再審になってからようやくその鑑定書が開示され、裁判所で初めて取り調べられたのでした。こういう具合にえん罪事件で証拠開示は決定的な意味を持ちます。


 ただ、証拠開示の意義は、こういう風な直接的な証拠を手に入れることに限りません。
 私の感覚では、証拠開示の大きな意義は、弁護側が捜査記録を見ることで、事件の全体像や真相、捜査の流れを把握することにあります。
 たとえば被害者の供述証拠の開示を受けてみると、被害届を出したときには、被害者は全然違う説明をしていたことが判明したりします。しかもそれが被告人の言い分と矛盾しなかたりします。その場合、弁護側は、真相はこの被害届の記載に近いものだろうと考え、それを明らかにするために更に証拠を集めたり、主張を組み立てたりしていきます。
 あるいは、犯人がなかなか見つからず、事件から1年たって被告人の方が逮捕された(そして無実を訴えている)という場合、その1年間警察がどんな捜査をしてきたのかということ自体が意味を持ちます。たとえば捜査の欠落があって、真犯人を見逃しているのではないかという観点での検討ができます。
 起訴状と請求証拠が「結論」だとすれば、捜査記録は、その「理由」を書いた「レポート」のようなものだと言えるかもしれません。レポートをきっちりと見ていくことで、背景や前提が分かるし、試行錯誤の跡も見え、つっこみどころも分かってくるというわけです。結論だけ見せられてもつっこみどころは分かりませんよね。 

 そういう意味で、証拠開示というのは、どんな事件にせよ、真相を考えるための基本的な土台であると言えると思います。

 もう少し突っ込んだ話として、こちらも参考にしてください。

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5 証拠開示はいつなされるのか

 ところで、裁判は、捜査(逮捕)から始まり、起訴、公判前整理、公判、判決、控訴審、上告審、ときに再審といった具合に続いていきます。証拠開示はどの段階でどの程度なされるのでしょうか。
 先に結論を言いますと、法律が証拠開示請求権をはっきり定めているのは、実は公判前整理手続の間だけです。ほかは権利がなく、開示がなされる保障はありません。

 

 まず手続の流れを簡単に見てみましょう(★あとで図を作ります)。

 話をわかりやすくするために、「1件の殺人事件がおき、3日後にある男性が逮捕された、男性は無実を訴えている」とします。捜査の期間は、初めの約20日間です(勾留は20日がリミット)。取調べや現場の調査や鑑定といった諸々の証拠収集を行う期間です。そして、勾留のリミットまでに、検察官は起訴か不起訴を決めます。

※ただし、勾留は事件単位で認められますので、たとえば死体遺棄で20日、殺人で20日・・・といった具合に、実際の捜査期間はもっと引き伸ばされることがよくあります。

 

 起訴となると、それ以降は裁判手続となり、手続の性格ががらっとかわります。捜査機関は補充である程度捜査することもありますが、本人への取調べは原則禁止されます。

 裁判員裁判対象事件ですと、必ず「公判前整理手続」が行われます。この間に、検察側はどういう主張をするかを明らかにし、有罪立証のための証拠も請求します。

 この段階でようやく証拠開示の出番となります。弁護人が「類型証拠開示請求」を行って証拠の開示を受け、それから「予定主張」を提出し、それと同時に「主張関連証拠開示請求」を行います(言葉の意味はあとで説明します)。刑事訴訟法が定めている証拠開示の制度は、この2つだけです。

 これらの手続を経て、採用する証拠や裁判の日程を詰め、ようやく裁判員の方の呼出→公判(裁判員が参加)となっていきます。

 法律上、証拠開示請求権がはっきり認められているのは、この公判前整理手続が始まってから終わるまで、の間です。それ以外の期間は権利がありません。たとえば、公判が始まって証人尋問の最中に「あ、あの証拠を確認したい」と思って開示請求しも、これに応じるかは検察官次第です。控訴審で、「この証拠の開示請求が必要なんじゃないか」と思って開示請求しても、これに応じるかはやっぱり検察官次第です。

 私の見聞の範囲でのことですが、今の相場はこんな具合です(2016/10/22時点(H28改正法施行前))。

 

捜査段階→一切開示されない
控訴審→開示する検察官もいる
上告審→(あまり耳にしません。私は拒否された経験があります)
再審→なかなか開示されません。そして非常に紛糾します。

 ときどき、「弁護士さんは自由に証拠見られるんでしょう?」とおっしゃる方がおられるのですが、それは大いなる誤解です。特に捜査段階では全くと言っていいほど見られません。

6 証拠開示には4種類ある

 証拠開示がいつされるのかという話までが終わりました。次は、証拠開示の種類の説明をします。

 「証拠開示」というのは、次の4種類のどれかになります。厳密に書くと複雑すぎるため、イメージをつかむことを優先します。正確なところは条文などを確認してください。

 

① 類型証拠開示
② 主張関連証拠開示
③ 任意開示
④ 訴訟指揮権による開示

① 類型証拠開示(刑訴法316条の15)

 公判前整理手続限定です。
 「類型」という言葉が出てきました。刑事訴訟法が、1号=証拠物、3号=実況見分など、4号=鑑定関連、5号=供述調書類や録音録画といった具合に、証拠開示の関連で証拠の「類型」というのを決めているのです(H28改正法で1~9号まで)。

・この類型のどれかにあてはまる証拠であること
・開示の必要性、相当性の要件を満たすこと

という条件のもとで開示を認めるのが類型証拠開示です。「類型にあてはまる証拠開示」という風に読んだらいいと思います。開示される範囲は「類型」に限定され、さらに、必要かつ相当という縛りがかかります。
 類型証拠開示は公判前開始直後から利用できますので、証拠開示請求の主役になっています。

 弁護側が証拠開示を集中的に行うのは、公判前が始まって数か月くらいの期間が多いです。その場合は、たいてい類型証拠開示を利用しています。

※刑訴法改正により、類型に該当する証拠物についての押収手続記録書面という開示類型ができました。詳しくは改正刑訴法316条の15Ⅱ。

② 主張関連証拠開示(刑訴法316条の20)

 公判前整理手続限定です。
 「主張」というのは、弁護側の「予定主張」のことです。公判前整理手続では、類型証拠開示請求が終わったあとで、弁護側が「予定主張」(=公判でする予定の主張)を明らかにすることになっています(書面で1~数枚程度出します)。すると、その「主張」に「関連」する証拠の開示を請求できるようになります。これが「主張関連証拠開示」です。

・予定主張に関連する証拠であること
・開示の必要性、相当性の要件を満たすこと

が要件です。

 主張関連証拠開示の場合は、主張に関連させる必要はありますが、「類型」にあてはまっている必要がないですので、上手に使うことで、開示の範囲を広げることができます。
 主張を出したあとでないと請求できないというのがポイントです。弁護側は可能な限り多くの証拠を見てから主張をするのが原則ですので、主張を出さないといけないというのは実は大きな難点です。
 したがって、類型証拠開示請求をできるだけ手厚く、それでも残ったものを主張関連証拠開示請求で、という棲み分けがなされることになります。請求する時期も、公判前の中盤くらいになってきます。

 法律上、開示請求権が定められているのは、類型と主張関連の2種類だけです。公判前限定の権利というわけです。

③ 任意開示

 検察官が「任意」に証拠を「開示」することを「任意開示」と読んでいます。「任意に」というのは、法律の義務がなくても、という意味合いです。つまり、「類型や主張関連などとは無関係に開示しますよ」ということです。

 公判前以外での開示(一審の公判前終了後、控訴審、再審など)は、基本的に全部「任意開示」ということになります(義務は無い)。
 公判前の中でも、「類型」「主張関連」の要件を満たすかどうか微妙な証拠は、「任意開示ですよ」といって開示されたりします。

 類型や主張関連は少なからず窮屈な手続ですので、実際上、任意開示は大きな役目を果たしています。

※任意開示の2パターン
 任意開示には2パターンあります。
 1つは、公判前で、検察官が、弁護側の請求が無いうちから証拠を開示するというパターンです。これは公判前の慣行ですが、公判前整理手続の序盤に、検察官が一定の証拠を、「任意開示します」といって、一気に開示してしまうというやり方です。
 もう1つは、弁護人が類型や主張関連で開示請求をしたのに対して任意開示するというやり方です。たとえば類型にあたるかどうかが微妙な証拠について、厳密に要件判断するかわりに、「任意ですよ」ということにして開示しているわけです。なお、控訴審や再審は、全部「任意開示」になります。
 いずれにしても、「任意」ですから、どの範囲を開示したのかということはわかりません。たとえばWさんの調書が10通開示されたとしても、それで全部なのか、それともまだ5通残っているのか、そのあたりは判別できません。ですので、弁護人のほうは、証拠開示請求を別途行うのが正しい対応になります。

 任意開示が行われるのは,法曹三者にそれぞれメリットがあるからと考えられます。
・弁護側→条文の枠にとらわれずに広く開示を受けられる
・検察側→ギリギリとした要件の判断を回避できる、関連するものはまとめて開示してしまうほうが開示作業も証拠管理も能率的
・裁判所→早く開示がなされるほうが、手続は早く進む(公判前手続内で証拠開示が紛糾すると何ヶ月も浪費する)

※裁判所のところに「えん罪を防げる」と書こうかとも思ったのですが、裁判所がそういう言い方をするのをあまり聞きません。

④ 訴訟指揮権による開示

 訴訟指揮権といって、裁判所は当事者に何かを促したり、命じたりすることができます。裁判所はその訴訟指揮の一種として、検察官に、証拠を開示せよと促したり、命じたりできるとされています(最決S44.4.25)。
 公判前で証拠開示に争いが生じた場合には「裁定」という手続が準備されていますが、控訴審、再審などでは、訴訟指揮に頼るしかありません。
 ただ、はっきりした要件が無いですし、裁判所が訴訟指揮で開示を命じるということは実際上多くないので、弁護側にとってあてにできるものにはなっていません。

7 開示される証拠の範囲はどうなっているか

 さきほど説明した証拠開示の4種類を踏まえて、どの範囲の証拠が開示されるのかの話をします。
 「範囲」という言い方をするのは、つまり、証拠開示という制度は、「全部開示ではない」ということが大前提です。捜査機関が入手する証拠のうちの一定の範囲が、一定の要件で開示される、これが今の証拠開示制度です

 法律上はっきり権利になっているのは、「類型」「主張関連」の2種類だけですので、ギリギリ言うと、この2種類の範囲に入らなければ、開示される保障はありません。
 ただ、今の実務では、任意開示がかなり広がっています。それも含めて考えると、公判前ではだいたい次のような目安が立つでしょう。

◆開示されやすいもの
・供述調書→被告人や証人のものであればほぼ開示される。それ以外の人は中身次第。
・鑑定関係→ほぼ開示される
・現場関係(実況見分など)→ほぼ開示される
・証拠物→請求証拠とつながりがはっきりしているものはだいたい開示される。入手した証拠物全部というような開示請求は抵抗を示される。
・照会書、回答書→客観的なものが多いので、開示されやすい
・捜査報告書その他こまごました書類→ここまでに準じたものは開示されやすい。

◆開示されにくいもの
・他事件の捜査が並行していて、それと関連するような証拠。
・プライバシーの度合いが強い証拠。たとえば関係者の前科。
・内部資料という色彩の強いもの。たとえば捜査関係の帳簿など。(取調べメモもこの枠に入るが、今はかなり開示されやすくなった)
・請求証拠との関係が分かりづらいもの全般

  一方、公判前以外となると、権利が無いということに引っ張られてか、任意開示の幅もせばまりがちです。理由もより具体的なものが求められてきます。

 塩辛い対応も多く、課題となっています。特に再審はガチガチの場合が多いです。

8 証拠の一覧表制度とは

 刑事訴訟法が改正されて、証拠の一覧表制度というものが作られました。現時点では導入されていない制度ですので、どういう風になっていくかはわかりませんが、ポイントを記しておきます。

・やはり公判前限定です。それ以外の場面では適用されません。
・タイミングは、検察官請求証拠の開示後です。早ければ、公判前が始まって1ヶ月くらいで入手できると思われます。
・「検察官が保管する証拠」が範囲です。警察署保管の証拠は含まれません。
・証拠のタイトル、作成者、供述者、作成日の記載が義務です。概要の記載は義務ではありません。つまり、一覧表で、10ページにわたって「捜査報告書」とだけ書かれていて、中身が全くわからないといったことが起こりえます。

実際の一覧表はおそらくこんなものになるとおもわれます(私の試作したもの)。

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 もちろん画期的ですが、しかし中身がわからないという非常に大きな問題があります。概要が書かれなければ、一覧表の半分くらいはなんのことかわからないという事態が容易に予想されます。
 法律の規定にはそういう限界があるということを、私たちはよく理解しておくべきでしょう。概要を記載する運用が期待されます。

9 証拠開示の実際の書類など

 さて、ここまで仕組みの話をしてきましたが、記載例を少し紹介してみたいと思います(法律の要件を満たせば形は自由ですので、やり方は複数あります。私自身もアレンジしていることが色々ありますが、ここでは最大公約数で紹介します)。

 類型証拠開示請求書は、こんな書き方がされることが多いです。

1 Xの供述録取書等
類型:5号
理由:甲○号証はXの供述を記載している。その証明力を判断するために,Xの供述を記載した証拠の開示を受けることが防御上重要である。

2 現場Yの検証調書、実況見分調書等
類型:3号
理由:甲○号証は現場Yの状況を記載している。その証明力を判断するために,現場Yの状況に関する証拠の開示を受けることが防御上重要である。

3 証拠物Zの写真撮影報告書、Zの鑑定嘱託書・鑑定書
類型:1号、3号、4号
理由:甲○号証は、証拠物Zの原本である。その証明力を判断するために、Zの形状・分析・鑑定等に関する証拠の開示を受ける必要がある。

 一番シンプルなものをあげました。もっと複雑になる場合もありますが、こういうのを何項目も作っていきます。否認事件ですと、要領よく書いても結構な枚数になります。

 回答書は、今は目録の形で手渡されることが多いです。さきほどの「証拠一覧表」と同じような形式です。証拠の一覧表制度が導入されたら、それを回答に転用する形になっていくかもしれません。

 主張関連証拠開示請求書も、類型と似たような書き方になります。
 先ほども書きましたように、類型証拠開示のほうが分量はずっと多く、主張関連は補助的に用いられることが多いです。

10 今後の課題

 ここまで証拠開示のイメージをつかんでいただくということを目標に説明してまいりましたが、だいたいおわかりいただけたでしょうか。
 以上のことをふまえまして、最後にいま証拠開示で何が課題かということをお話ししたいと思います。

 まず弁護士の目から見たときの理想状態を先に述べておきます。それは手続段階を問わず、求めれば、全ての証拠が速やかに開示されることです。かつ、「全て」の検証のために、十分な証拠目録も求められます。そういう意味では非常にシンプルです。
「課題」というのはそれと現状の落差ということになります。整理して述べると以下の点になります。

①公判前整理手続中だけしか権利が無い

 繰り返し述べたように、今の法律では、公判前整理手続の中でしか、証拠開示の権利がありません。
 公判前をやらない普通の公判だとどうか? 権利は無いのです。「権利を持って充実した証拠開示をやりたければ、公判前をやってください」というのが今の法律です。しかしこれはロジックが逆でして、証拠開示は公判前があるか無いかに関わらず認められるほうがずっと自然です。その上で、必要があれば、通常公判ならこう、公判前ならこう、控訴審ならこう、再審ならこう、といった具合に、手続段階による微調整を加えるというアプローチが正道のはずです。

※台湾では、捜査段階で一定範囲の証拠を開示するという立法が検討されているそうです

②控訴審や再審

 一審は公判前を選べるだけまだよいのですが、控訴審や再審では権利を得る道がありません。証拠開示がなされる保障がありません。特に証拠開示が無かった時代の事件は、証拠開示が無かったというただそれだけで、誤判の危険が高いとみてよいでしょう。せめて再審で十分な証拠開示がなされなければなりませんが、現状はそうなっていません。

③証拠開示の範囲が限られている

 類型証拠開示、主張関連証拠開示は、全証拠を開示させる仕組みにはなっていません。類型・主張関連で、必要な証拠が捉えきれる保障がない以上、やはり十分とは言いがたいです。

④証拠開示が「難しい」

 類型証拠開示は、結構な技術を求められます。証拠の全体像が見えないためです。私が証拠開示の方法論などということを言い出したのもそのためです。

 技術は弁護士の責任だと言われるかもしれませんが、証拠開示というのは裁判の基盤ですので、上手にやらないと証拠が手に入らないというのでは困るのです。警察署に行けば被疑者に会えるというのと同じように、請求すれば証拠が手に入るということは、基本的なインフラとなるべきです。それには、原則全面開示という形が必要です(たとえばカナダは既にそうなっています)。

⑤証拠一覧表の不完全さ

 法律上、証拠一覧表には概要が求められていません。したがって、検察官がそこに概要を書かなかったとすると、証拠一覧表の価値はずいぶん低いものとなります。さきほども述べたように、「捜査報告書」とだけ書かれた項目が何百件も続くというようなことが起こりえます。

⑥捜査機関の証拠管理

 実はいま、捜査機関がどのように証拠を管理すべきかということを定めた法律が存在しません。たとえば、「証拠をいついつまで廃棄してはならない」と書いた法律は存在しません。証拠の保存や廃棄は全て捜査機関の裁量に委ねられています。
 管理についても、現状では、送致書類の目録や、押収品の目録といった断片的な目録があるだけで、統一的に証拠書類をデータベース管理するような仕組みはありません。
証拠の紛失などの問題も、管理の不十分に由来しています。この点も改善が必要です。
 日弁連が犯罪捜査の記録化についての意見書を出しています。

⑦全体に

 総じて、今の法律は、証拠に対する意識が低いと評価できる気がしています。さきほど証拠開示はインフラであるべきだと書きましたが、現状はそうではなく、むしろ「本来は捜査機関の持ち物であるものを弁護人にも一部利用させてあげる」という恩恵的な発想で作られているように思えます。証拠の廃棄に規制が無いというのも同じ発想だと思います。
 基本的な発想の部分から変えていくことが必要ではないでしょうか。

最後に

 長くなりましたが、できるだけレベルを落とさないで、「証拠開示」というもののイメージを正確につかんでいただき、問題点も知ってもらうという目標で書かせていただきました。

 また別の角度での記事も書いてみたいと思っています。

 

2017/08/16追記
『実践!弁護側立証』の4章で、証拠開示の方法論についての解説があります。私が執筆を担当しました。是非ご一読ください。

実践! 弁護側立証

実践! 弁護側立証

 

 

「裁判官協議会」を知る

いま私の手元に、「刑事事件担当裁判官協議会」に関する書類の山があります。平成22年から平成27年までのものです。司法行政文書ファイルをまるごと謄写しています。何月何日にどこで裁判官協議会が行われ、出席者が誰で、協議事項が何であったか、そして協議結果の要旨まではわかります。近時話題になっている、公判前整理手続での間接事実の整理という協議事項もあります。

さて、そこで、裁判官協議会というものについて少し話をしてみたいと思います。裁判官協議会についてはいくつかの文献がありますが、裁判官協議会の司法行政文書ファイルを確保して書かれた文献はそんなに無いと思いますので、私が多少物申しても無駄ではないでしょう。

 

裁判官協議会というものがある

 

先に概要を言いますと、裁判官協議会というのは、最高裁(事件局)の指定によって、
  全国から最高裁へ 
又は
  いくつかの高裁ブロックに分かれてその地域内で
裁判官が集まり、一定の事項について意見交換をするという集まりです(他のパターンもあるかもしれません)。
協議事項は最高裁が指定しています。

司法行政文書ファイルを追ってみる

私の手持ち文書から分かるところを具体的に書いてみます。

まずはテーマと開催時期の一覧です。

【テーマ、開催時期一覧】
刑事事件担当裁判官協議会
※H27簡裁判事のもののみ「簡易裁判所刑事事件担当裁判官協議会」

平成22年 高裁共催 裁判員裁判の審理、評議
平成23年 最高裁  裁判員裁判の課題
平成23年 高裁共催 裁判員裁判の審理、評議
平成24年 高裁共催 裁判制度の運用
平成25年 高裁共催 裁判員裁判の運用
平成26年 高裁共催 裁判員裁判の運用
平成27年 最高裁  刑の一部執行猶予
平成27年 高裁共催 裁判員裁判の運用(間接事実の整理)、刑の一部執行猶予
平成27年 高裁共催(簡裁判事)刑の一部執行猶予、令状事務など


細かく言うともう少し色々な事項があがっていますが、裁判員裁判に関する協議が毎年毎年行われていますね。最近話題の間接事実の整理は、平成27年に協議されています。平成27年は、刑の一部執行猶予も取り上げられました。

開催までの大まかな流れは、

協議員の推薦依頼
→開催通知
→協議事項の送付
→協議員の通知
→協議会実施
→協議結果要旨の送付

という感じです。

平成27年最高裁主催の協議会は

司法行政文書に即してさらに細かく見てみましょう。
たとえば平成27年最高裁主催のものだとこんな具合です。

年表(平成27年)
3.25 開催日の通知と、協議員推薦の依頼文送付
7.29 協議事項の趣旨を送付
9.14 協議員名簿の送付
10.23 協議会実施(最高裁中会議室)
11.27 協議結果概要の送付

※文書の発信名義人は全て事務総局刑事局長
※通知の送付先
・協議員選出依頼先である高裁長官と地裁所長
・司法研修所長、裁判所職員総合研修所長
・選出依頼先ではない高裁長官
協議員選出の依頼先 
高裁:東京、大阪、名古屋、福岡
地裁:東京、横浜、さいたま、千葉、大阪、京都、神戸、名古屋、津、広島、岡山、福岡、熊本、仙台、札幌、高松
※刑事局長あいさつ→協議→昼食→協議 9:30~17:00

※係官→刑事局長,刑事局第一課長,刑事局第二課長
※協議事項の趣旨→4枚
※協議結果概要→14枚(末尾に模擬事例添付)

 

裁判官協議会は、まず開催日の通知と協議員の推薦依頼から始まります。
これに応じて、依頼先の庁から協議員の推薦が行われます。この回答書が全国からざーっと集まってきます。
その間に協議事項が参加庁へ送付されます。
そして協議員が決まり、その名簿がやはり参加庁へ送付されます。大体,都会の庁を中心に,各庁から1名ずつ(東京は2名)裁判官が参加するというイメージでよさそうです。
その後、協議会の実施→協議結果概要の送付となります。

協議事項の要旨は4枚、協議結果概要は14枚でしたが、それぞれ倍くらいの枚数の協議会もありました。

高裁主催の場合は

いまのは最高裁主催のものでしたが、高裁主催というのもあります。高裁ごとに一つずつではなく、「共催」という形をとって、全国を3か4のブロックに分けます。開催地の高裁に、そのブロック内の裁判官が集まることになります。たとえば、平成27年の高裁共催だと、東京高裁と高松高裁の管内の裁判所から裁判長クラスが1名ずつ、東京高裁に集まって協議会をやるといった具合です(ほか3ブロックあり)。

高裁共催のものだと目に付くのは、最高裁が開催を指示していることです。
平成27年のものだと、
「標記の協議会を別紙の要領によって開催してください」
という一文から通知が始まります。

こんな具合です。

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つまり「主催者」は高裁だけれども、その開催時期・テーマ・参加庁まで、全部最高裁が決めているということです。
そして、
「この協議会には係官を派遣する予定ですから、開催期日が決まり次第これを通知」するように
とありました。

これを読んで私は、大学の教員が学生を5グループくらいに分け、「各グループでこれを議論しなさい」と課題を出し、教員が教室を見回る光景を連想したのですが、どんなもんでしょうか。

 

文献にあらわれる裁判官協議会・会同

さて、ここまで、私の手元の資料から読みとれる話を書きました。
次に、文献で裁判官協議会がどう言われているかを簡単に見てみましょう。

 

司法官僚―裁判所の権力者たち (岩波新書) p168

「裁判官会同・協議会とは、法令解釈や訴訟制度の運用などについて裁判官が「協議」する場であり、最高裁発足当時からもうけられてきた。」

要点として、
・最高裁主催のもの+最高裁の指導のもとに高裁が管内の裁判官をあつめて実施するもの の2種がある
・会同は定例的で、原則全庁参加
・協議会は特定のテーマが事務総局によって設定され、参加庁や出席者も指名される
・裁判官統制の場という指摘がある

 

ニッポンの裁判 (講談社現代新書)p140

「その実態は、「上意下達、上命下服会議、事務総局の意向貫徹のためのてこ入れ会議」に近いといってよい。」


要点として、
・テーマは各事件局(民事局とか刑事局とか)が決める
・出席者は高裁長官や地家裁所長が決める
・出席者に根回しがされることがある
・協議会で議論される問題は、事件局が決めたテーマに沿って参加庁全てが提出する
・事務総局が出席者にやらせて問題を提出させることがある
・局の係官が局の検討結果、見解を述べると、出席者が突然必死でメモをとりはじめる
・「事務総局がまとめた執務資料中の「局見解」は、全国の裁判官たちに絶大な影響を及ぼす」

 

先行する研究としては、小田中聡樹「裁判官会同・裁判官協議会ー戦後の刑事裁判関係にみるその問題点」(法律時報45(4)、1973年)があります。

現在は違っている点もありそうですが、上記以外の要点として

・協議会のほうが人選が恣意的、秘密性が高い
・司法研修所の「裁判官研究会」はさらに秘密性が高く、会同を補充する役割を果たす
・全国会同が最も重要。協議要録が刑事裁判資料として刊行される場合も
・新しい法令の解釈、運用に関するものが一番多い
・個別的テーマでは、審理促進と法廷秩序維持が中核
・最高裁主導である。最高裁が関心を持ったことが協議事項となる
・冒頭の長官訓示は、長官の見解を述べるものであり、かつ、しばしば叱咤激励である
・協議の最後には刑事局の意見が示されてしめくくられる
・法務省、最高検からの参列が非常に多い(弁護士はほぼ来ない)

現場裁判官の関心ではなく、最高裁の関心によって協議事項が決まるというところは、重要な指摘に思えました。

ちなみに刑事裁判資料は、白表紙の裁判官向けの冊子で、裁判所の図書館などにおいてあります。いま290号まで出ています(最高裁図書館のOPACでタイトルは全て見られます)。

文献の指摘と司法行政文書を対照してみる

さて、上にまとめた指摘と、私の手元の文書を対照してみたいと思います。ここからは箇条で書くことにします。

協議会は不定期→△

最高裁主催の刑事裁判官協議会という限定をつけると、この5年で2回しか行われていません。これは確かに不定期かもしれません。
高裁共催となると毎年行われています。平成24年からは、毎年10月実施です。これはほぼ定期的と評価できそうです。

協議会・会同の区別→?

会同は資料が無く、現時点で不明です。
私は刑事裁判に関する「協議会」について開示請求をしたのですが、どうも、「会同」は出なかった可能性がありそうです。


結構よくあるパターンなのですが、ある用語が、部外者や社会通念としては細かな区別がないが、内部的には全然違うことを意味してしまうというものです。
たとえば、「規程」と「規則」は一般用語としてはそこまで違う意味を持ちませんが、行政庁によっては「規程」と「規則」がきちんと意識して使い分けられていたりします。そこで「規則」を開示請求すると、「規程」は出てこないといった具合です。(「被告」という言葉を見ると、業界の人は当然民事事件と考えますが、一般の人は「被告」と書いたら刑事と民事の両方のつもりです。これと同じ構造です)
どうもこのパターンに引っかかったような気がしています。あるいは,刑事関係は,すべて「協議会」であり,会同は無いという可能性も?

最高裁主導である→○

これは間違いなさそうです。高裁主催だが、テーマと開催時期まで最高裁が仕切っているというあたりからも、それは読みとれます。
協議事項も刑事局(事件局)作成です。「現場の関心があることではなく、最高裁の関心のあることが扱われる」という指摘は、どうも正しそうに思えます。

局見解が発表される→?

高裁協議会に係官が派遣されることは確認できました。
私の手元にある協議要旨は3回分だけなのですが(他はなぜかファイルに含まれていなかったので再度開示請求している)、それを読む限り、「局見解」という明示的な記載は見あたりませんでした。
協議要旨のまとめ方も、各意見を併記するという感じでした。もちろん、そこに恣意を入れることは簡単でしょうけれども、テコ入れというほどのはっきりした押しつけの空気は、私の手元資料からは感じませんでした。
ここは現時点で真偽不明なので、ほかの資料も確認してみなければならないと思っています。時代や分野によるところもありそうですし。
局の係官の振る舞いも文書からは分かりません。

新しい法令や審理促進→○

平成27年は刑の一部執行猶予を取り上げる協議会が3つもありました。その前は連年裁判員裁判の運用がテーマです。ですので、おそらくは、「新しい法令&実務的に影響の大きいもの」はやはりテーマとなりやすいだろうと思われます。
協議内容を見ると、やはり実務的です。たとえば令状に関する協議会(H27高裁共催簡裁判事)では、令状の誤記をどうするかということが話題にされ、「裁判官も指さし確認をするべきだ」なんて発言も記録されていました。公判前の争点整理に関する協議会(H27高裁共催)では、「あなたはAの事実を立証したいと言っておられるが、それにどれだけ意味があるのでしょう。もしAでないという事実が立証されたらどうなりますか、といった具合に否定事実について質問をしてみる」なんていう「工夫」が載っていたりしました。
こういうレベルの、具体的な話がなされています。

司法研修所の研究会が補う→○

たとえばH27高裁共催の協議事項には「7月及び11月に司法研修所で開催された刑事実務研究会(裁判員2及び裁判員3)においても、協議員から提出された研究事項について、具体的事例をもとに」議論がなされたという記載がありました。司法研修所ではもっと頻繁に(少人数で?)突っ込んだ議論をしているということでしょうか。

まとめ

さて、今日のところはこのあたりにいたします。本日は数点の文献と、刑事裁判官協議会の司法行政文書ファイルから分かることを書きました。
今後は新たな司法行政文書の入手や、裁判所時報の確認などをおこなってみたいと思います。
司法行政文書の開示請求から開示まで1ヶ月から数ヶ月かかりますので、あまりハイペースでは進みません。

「行政文書を刑事弁護に活用する」 連載開始

見慣れた実況見分調書。よくよく観察してみると、左肩に「様式第46号」という文字が書かれているのです。

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「様式」ってなんだろう? 弁護士一年目の頃に不思議に思っていました。その謎を追求してみると、そこには行政文書の世界が広がっていたのです。

季刊刑事弁護最新号から、「行政文書を刑事弁護に活用する」という連載をさせていただくことになりました。 

第1回は「行政文書に出会う」です。実況見分調書の謎、つづきは誌面で。 

 

 

季刊 刑事弁護88号

季刊 刑事弁護88号

 

 

証拠開示はなぜ必要かNo.2 「早い者勝ち」


裁判所の事実認定という営みは、証拠という入力に対して、認定事実という結果を返す、関数(ブラックボックス)のようなものだという話をしました。これを事実認定関数モデルということにしておきます。

 

ryosen-y.hateblo.jp

 


ここから、「早い者勝ち問題」というものを考えることができます。

 

たとえば殺人事件が起きると、捜査機関が現場に一番乗りを果たします。そこで現場の写真を撮り、遺留物や生体資料などを集めていきます。現場には何も残りません。そこに弁護人も裁判所も介在する暇はありません。

 

捜査機関が現場で集めたものは、言うまでもなくすべて事実の痕跡です。現場にあった客観証拠であれば、それは事実認定関数に是非とも入力されるべき、価値の高い痕跡だと言えるでしょう。質量ともに、それ抜きで事実認定関数が正常に機能するはずがない、そういうレベルの証拠です。
その痕跡たちは、すべて捜査機関の手元に確保されることになります。

 

もしそのまま何の手当もしないとどうなるか? 
当然ながら、痕跡の入力は不十分なものとならざるを得ません。単に不十分ならばまだよいのですが、むしろ偏りを生じる可能性が高いでしょう。捜査機関は100の痕跡から5ほどの痕跡を選び出して、自由に事実認定関数に入力できるからです。


この事態は「早い者勝ち」と評価できると思います。先に証拠にたどりつき、手元に抱え込んでしまうことができるとすれば、それは早く動いた者が証拠を支配する、事実認定関数を支配するということです。
裁判所に入力される痕跡がどのようなものとなるかは、その客観的な価値によっては決まりません。早くとった者がどうするかによって決まるということになります。
事実認定を、「早い者」が支配してしまうということです。

 

しかし、裁判所への事実の痕跡の入力という公的な営みが、ただの早い者勝ちであってよいものか? そういう問題提起が成り立つでしょう。

 

これを解消する方法は、「早い者」による証拠の独占状態を解放することにあります。現行法化において、それは証拠開示に他なりません。証拠開示を認めないという決断は、事実認定を「早い者」に委ねることを意味しています。
たとえば再審で証拠開示を認めないことは、古い時代の、早い者勝ちの事実認定の結果を、現代においても大切に守ろうとする行為に他ならないと思います。