弁護士山本了宣の研究日誌

活動の記録と、日々考えたことなどを書きます。技術的な話が多いかもしれません。研修などでは言いたいことをだいぶ削っていますので、そのぶんの話なども。

証拠開示はなぜ必要か 

 いつも証拠開示をどうやるかという方法の話ばかりしていて、それがなぜ必要かという話をしたことがありません。なのでその話をします。

教科書的な説明は色々ありますが、それとは全然関係無く、自分で考えたところを書きます。


◆真実愛好者

 


ここに一人の真実愛好者がいるとしましょう。真実愛好者は、真実がなんであるかということに徹底的に関心を持ち、それに役立つ行動をとります。真実愛好者の身体能力は人類の限界を越えず、また、千里眼を持ちません。ただし、無限の記憶力を持ち、現代のコンピューターと同じ程度の早さで文字や物を読みとり、観察します。また現代で最高水準の科学技術を利用できます。感情には流されません。こういう存在を仮定してみます。

この真実愛好者は証拠に対してどういう態度をとるでしょうか。


証拠とは、事実の痕跡であると言えます。
一般に、過去の事実というものはそのまま保存することができません。そのかわり、事実は何かの痕跡を残すことがあります。たとえば車が電柱にぶつかった場合には、電柱や車に破壊の痕が残ります。道を歩いていてそれを見た人の脳裏には、記憶という痕跡が残ります。
我々は事実を直接観察する代わりに、痕跡を観察し、痕跡から事実を復元しようとします。

真実に少しでも近づこうとするならば、利用可能な痕跡は多いほどよいと言えるでしょう。真実を発見しようとするときに、有用な痕跡と、有用でない痕跡がありますが、有用性は集めたあとに選別すれば足ります。
ですから真実愛好者は、現時点において集めうる限りの、最大量の痕跡を集めるはずです。そして、それを分析しようとするでしょう。

その結果、真実愛好者は,「真相は不明」という判断を出すかもしれません。しかしそれは痕跡を集めたあとの判断です。判断の前には最大量の痕跡があることが合理的です。

 

◆裁判所
さて、裁判の話をします。
事実の認定は裁判所の仕事です。事実認定とは、証拠という痕跡を受け取って、それに判断を加え、事実を判断するという過程です。

この裁判所の働きは、仮に事実認定関数と呼んでおいてもいいでしょう。下のようなモデルを考えます。

 

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左の入り口から証拠を入力します。すると内部(真ん中の四角)で証拠を評価するという処理が行われて、認定事実という出力が得られます。
入力する事実が変われば、処理の結果が変わり、出力される事実も変わります。関数と同じようなものと考えていいわけです(ただし一定の乱数が入ります)。


裁判所がもし真実愛好者と同じ能力を持っているとしたら、手に入れうるすべての痕跡を入力しておくと、もっとも真実に近づきそうだと言えます。
逆に、入力される痕跡(証拠)に欠落があるというのは非常に困った事態です。入力に欠落があれば、出力はゆがみます。少しならばまだしも、痕跡に大きな欠落が生じると、事実認定関数は正常に機能しなくなります。

 

◆痕跡の入力ルート
ですので、我々がまず考えねばならないことは、裁判所にどのようなルートで痕跡を搬入するのかということです。
目標が十分な痕跡の確保という点にあるのであれば、これには複数の解がありえます。


一つの方法は、訴追機関が収集した痕跡を、すべて裁判所に投げ込むというやり方です。これは旧法の解決方法です(旧法ではほぼ一件記録がそのまま裁判所に引き継がれました)。現代で言えば少年法がその形をとっています。ほぼ一件記録が裁判所にそのまま投入されます。これはわかりやすい方法です。

 

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図で言えばこういうことになります。検察官から太い矢印が裁判所にひらいています。

 

ほかに、裁判所が自分で探すということも解となりえます。とはいえ、一人で全部という訳にいかないでしょうから、第一の方法と併用するの現実的でしょう。

 


では今の刑事訴訟法はどうなっているか。今の刑事訴訟法は、痕跡の投入ルートをかなり限定する方法をとっています。検察官に対するルートは昔よりもずっとしぼられ、特定の選別されたものだけの投入を許します(ここで仮に証拠選別主義としておきます)。それと同時に弁護人からの投入を受け付けます。

上の図で言えば,検察官から裁判所への矢印がずっと細くなります。

 

 

◆証拠開示とはなにか
ここまで考えると、証拠開示が持っている機能が自ずとわかります。

検察官は多量の痕跡を抱えています。それを抜いてしまうと、裁判所の事実認定関数がどう考えても機能しないと言える程度の量と質があります。
しかし証拠選別主義をとる以上、検察官から裁判所にその痕跡を投入するルートはまっすぐ開いてはいません。
証拠開示という方法を採用すると、検察官が手元に抱えている多量の痕跡が、弁護人の手元に搬入されるルートが開くのです。そして、弁護人を経由する形で、痕跡を裁判所に搬入するというルートが開けることになります。

 

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図で言うとこういうことです。検察官から裁判所への矢印は細いものです。しかしそのかわり、弁護人に太い矢印を開きます。弁護人はそれをチェックして、必要なものを裁判所に投入します。これによって、検察官から裁判所への太い矢印がなくても、痕跡の搬入ルートが確保されることになります。


つまり、証拠開示というのは、正常な事実認定に必要な量質の事実の痕跡を、弁護人を経由して事実認定関数に入力する仕組みだと考えることができます。

逆に証拠開示が無いというのは、事実認定関数にきちんとした痕跡が入力されない状態であると言えます。
真実愛好者の目から見たときには、証拠開示が無い状態というのは、痕跡がぜんぜん足りない状態という風に評価できます。


証拠開示の一部(すべてではありません)は、上のような形で説明がつくと今のところ考えています。


今日はこのあたりで。

 

 No.2はこちらです。早い者勝ち

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