弁護士山本了宣の研究日誌

活動の記録と、日々考えたことなどを書きます。技術的な話が多いかもしれません。研修などでは言いたいことをだいぶ削っていますので、そのぶんの話なども。

強姦再審無罪事件 国賠訴訟提起の解説 ~裁判官編~

基本的な捜査をするのは警察官、起訴するのは検察官ですが、冤罪の判決を下すのは裁判官です。最後の判断は裁判官です。ですから、冤罪が起きたときに、「裁判官の責任は?」「賠償責任は?」と考えるのは、至極真っ当な発想です。

 

 

ryosen-y.hateblo.jp

 

 

強姦再審国賠訴訟では、裁判官の責任も追及しています。昨日書いた第2点、「裁判所の誤判の責任(裁判所が真摯に冤罪発見に努めればこの誤判は回避できた)」になります。この点を説明したいと思います。

 

ある事件


拘置所の被告人の居室を検察官が捜索し、弁護人の尋問事項書などを差し押さえたという事件がありました。この件も国家賠償訴訟となり、損害賠償が認められています(2016/10/6時点で上告審係属中)。

www.asahi.com

 

この事件のポイントは、一言で言うと、「そんなことされたら裁判が成り立たないでしょう」というところにあります。
これは無罪を主張している事件で、一週間後には証人尋問が始まるというところでした。弁護人と被告人は二人三脚で打ち合わせを重ね、証拠を検討したりメモを作ったりして裁判に臨みますので、被告人の拘置所の居室にいくと、そういった資料や手紙が山と積まれています。そこに敵方の検察官が乗り込んだり、資料を見たり、持って行ったりしたら、まともな裁判ができなくなります。今まさに試合をやっている最中に、監督と選手のミーティングを盗聴したり、メモやバットやグローブを奪っていったりしていいのかということです。

 

この訴訟でも、裁判官の責任を問題にしました。
捜索差押えというのはいきなりやってくるものです。事前通知はありません。ただ、裁判官の許可(捜索差押許可状)が必要になります。裁判官がゴーサインを出したら、捜査機関はいきなりやってきます。裁判官が許可をしなければ、何ごとも起きません。「捜査機関が無茶な捜索をたくらんだら、裁判官が止めてくれますから大丈夫」というのが、今の法律の立て付けです。
が、この事件は「大丈夫」ではなかったのですね。無茶な捜索を裁判官は止めてくれませんでした。「そりゃあ裁判官の責任でしょ」と思うところです。


しかし判決はこういう判断でした。

 

検察官が令状を請求した行為→違法
裁判官が令状を発付した行為→違法ではない

 

検察官は令状を請求したことについて責任を負うべきだが、裁判官は令状を出したことについて責任を負わない、というわけなのです。
ここのロジックの分析は長くなるので省略しますが、かなりの違和感は、たぶん持っていただけるのでないでしょうか。

 

裁判官の責任をほぼ認めない考え方

裁判官の責任に関してはこういう最高裁判例(S57.3.12)があります。

 

裁判官がした争訟の裁判に上訴等の訴訟法上の救済方法によつて是正されるべき瑕疵が存在したとしても、これによつて当然に国家賠償法一条一項の規定にいう違法な行為があつたものとして国の損害賠償責任の問題が生ずるわけのものではなく、右責任が肯定されるためには、当該裁判官が違法又は不当な目的をもつて裁判をしたなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認めうるような特別の事情があることを必要とすると解するのが相当である。

 

「違法又は不当な目的をもつて裁判をしたなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認めうるような特別の事情」という基準が問題です。間違っていたとしても、ただの過失では駄目という意味になります。悪気があるようなときだけしか責任は無い、という意味に読めます。


果たしてこんな基準で裁判官に賠償責任を課せるのか? 誰もがそんな疑問を持つところです。


私が知る範囲では、裁判関係で裁判官の責任を認めた例は3つだけです(ただし1つは取り消された)。

 

S61.5.26大阪地裁:裁判官が捜索差押許可状を発付した行為を国家賠償法上違法とした判決です。ただし、高裁で取り消されています。
H15.12.24名古屋高裁:裁判官が弁護人から被疑者への差し入れを誤って制限したという事例です。
H28.2.23神戸地裁:裁判官が不公正なやり方で時効の援用を示唆。(未確定?)

 

取り消された大阪地裁は別にして、名古屋も神戸も、これはひどいなというケースです(それでもS57の判例よりも、少し基準を緩めて判断しているような感じはします)。記事の最後に少しだけ引用してあります。

 

ほかは、誤判であっても、裁判所の責任は認められていません。冤罪の国家賠償でも、警察官や検察官の責任が認められた例はありますが、裁判所の責任を認めた例は無いはずです。これが現状です。

ちなみに、冤罪の国家賠償も、捜索差押え国賠と同じ構造になります。つまり、起訴した検察官(捜査した警察官)は責任がある、判決した裁判官には責任が無い、この形です。もちろん、検察官も裁判官も責任無しという判断も多いですが。

 

この訴訟は裁判官の責任も問うている

この国賠訴訟は、裁判官の判決行為も違法行為として挙げています。
やはり、誤ったのは裁判官だからです。
裁判官にどの範囲で責任を認めるかというのは確かに難しい問題です。私自身も、とにかく間違ったらなんでも責任を認めろというまでの考えは持っていません。しかしそれでも、今の基準は過保護に過ぎると思っています。

 

この事件は、裁判官次第で、誤判を防ぐことができました。
この事件には客観証拠はありません。基本的に証言のみです。読めばすぐに分かりますが、一審判決は「少女が嘘を言うはずがない」の一辺倒です。我々はこういうものを予断とか思いこみと呼び習わしています。
控訴審は証拠を調べようとしなかったことが大きな問題です。控訴審裁判官は、弁護人の事実取り調べ請求を全て却下しています。もし採用していれば、おそらくこの時点で「カルテ」は入手され、誤判は明らかになっていたでしょう。

 

思いこみは許されない。怠慢も許されない。まさに判断者である裁判官が責任を免れるのはおかしい。
それが訴状の主張です。

 

みなさんはどう思われますか?


◆◆◆◆◆
DATA

・最判S57.3.12 裁判官の責任に基準を示す
・大阪地判S61.5.26(裁判官違法認める) 大阪高判S62.2.24(破棄)(天皇風刺ビラ事件)
・名古屋高判H15.12.24(裁判官違法認める)
・神戸地判H28.2.23 (裁判官違法認める 原告の平等取扱いに係る利益を侵害する)

 

・大阪地判H27.3.16 大阪高判H28.4.22(捜索差押え国賠)(検察官の違法認める。裁判官違法認めず)


【名古屋高判H15.12.24】
「裁判官による良識のある判断とは到底認めることのできない不合理なもので、しかも、判断が誤っていることは明白で、その誤りを是正することは容易であったことを考慮すると、その是正は不服申立てのみによるべきものとすることは相当でないから、本件裁判官は、付与された権限の趣旨を明らかに背いて行使したものというべきである」

 

【神戸地判H28.2.23】
口頭弁論終結直後に、一方当事者が退席したあと、他方当事者に時効の援用を示唆。弁論再開して時効援用に至る。(ほかもう少し細かい事情あり)
この裁判官の行為について、「民事訴訟の根幹に関わる当事者の平等取扱いに係る利益に対し、裁判官が職務上必要とする配慮を明らかに欠いたものといえるから、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したと認めうる特別の事情がある」