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弁護士山本了宣の研究日誌

活動の記録と、日々考えたことなどを書きます。技術的な話が多いかもしれません。研修などでは言いたいことをだいぶ削っていますので、そのぶんの話なども。

証拠開示はなぜ必要かNo.2 「早い者勝ち」


裁判所の事実認定という営みは、証拠という入力に対して、認定事実という結果を返す、関数(ブラックボックス)のようなものだという話をしました。これを事実認定関数モデルということにしておきます。

 

ryosen-y.hateblo.jp

 


ここから、「早い者勝ち問題」というものを考えることができます。

 

たとえば殺人事件が起きると、捜査機関が現場に一番乗りを果たします。そこで現場の写真を撮り、遺留物や生体資料などを集めていきます。現場には何も残りません。そこに弁護人も裁判所も介在する暇はありません。

 

捜査機関が現場で集めたものは、言うまでもなくすべて事実の痕跡です。現場にあった客観証拠であれば、それは事実認定関数に是非とも入力されるべき、価値の高い痕跡だと言えるでしょう。質量ともに、それ抜きで事実認定関数が正常に機能するはずがない、そういうレベルの証拠です。
その痕跡たちは、すべて捜査機関の手元に確保されることになります。

 

もしそのまま何の手当もしないとどうなるか? 
当然ながら、痕跡の入力は不十分なものとならざるを得ません。単に不十分ならばまだよいのですが、むしろ偏りを生じる可能性が高いでしょう。捜査機関は100の痕跡から5ほどの痕跡を選び出して、自由に事実認定関数に入力できるからです。


この事態は「早い者勝ち」と評価できると思います。先に証拠にたどりつき、手元に抱え込んでしまうことができるとすれば、それは早く動いた者が証拠を支配する、事実認定関数を支配するということです。
裁判所に入力される痕跡がどのようなものとなるかは、その客観的な価値によっては決まりません。早くとった者がどうするかによって決まるということになります。
事実認定を、「早い者」が支配してしまうということです。

 

しかし、裁判所への事実の痕跡の入力という公的な営みが、ただの早い者勝ちであってよいものか? そういう問題提起が成り立つでしょう。

 

これを解消する方法は、「早い者」による証拠の独占状態を解放することにあります。現行法化において、それは証拠開示に他なりません。証拠開示を認めないという決断は、事実認定を「早い者」に委ねることを意味しています。
たとえば再審で証拠開示を認めないことは、古い時代の、早い者勝ちの事実認定の結果を、現代においても大切に守ろうとする行為に他ならないと思います。